押出成形・・・その全てを明かす

まずは、押出成形とは何ぞや?
そんな方々が多いだろうから、押出成形について簡単に説明しよう。

押出成形とは?

押出成形とは、原料を装置に供給して金型から押し出し、特定の断面形状をもった連続体へと変換する操作の事。
設備としては押出機(供給)、ダイ(金型)及び引張り装置の三者で主に構成されている。

押出成形とゴムに関するリンク

コラムとか

押出成形で作れるモノ

『金太郎飴』ってわかるよね?
アレと同じで、どこを切っても同じ断面をもった製品であれば、原則的には製造可能。

押出成形の歴史

少々堅苦しくなるが、押出成形の歴史に触れてみよう。

 押出機が物造りに利用され始めたのはかなり古い。すなわちヨーロッパでは1800年以前からマカロニ、陶土、石鹸などの製造にラム式押出機が使用されていたようである。

 そして、19世紀半ばの電信の出現が、押出機の初期の発展に大きな影響を与えた。電信の発展は必然的にゴム被覆電線の発展に結びつき、1847年海底電線のガタパーチャ(天然ゴムの一種)の被覆がラム式押出機によって行われた。1866年にはフランスのDe     Wolfeによってスクリュー式押出機が開発され、ゴム押出による電線被覆が行われた。

 1879年にShawlddonとGrayのスクリュー式押出機についての最初の特許が成立した(BP5056)。ただし、これは主としてゴム用であり、今日のプラスチック加工の始まりは、1929年にアセチルセルロースのコンパウンドが作られ、1934年にスクリュー式押出機によって連続押出成形に成功してからである。

 1939年にはドイツで硬質塩ビパイプの製造が開始された。ただし、使用された押出機はラム式であった。同年ゴム用のスクリュー式押出機を1892年以来生産し続けて来た実績を持つ、ドイツのPaul     Troester社がプラスチック用の押出機として、現在のものの原型と見られる近代的シングル(単軸)スクリュー押出機を発表した。また1930年代にはイタリアで二軸スクリュー押出機が開発された。

 1940年代は、戦争のため日本は世界から孤立し、その間欧米ではナイロン、ポリエチレンなどの新しいプラスチックが、次々と開発され押出成形機も発展して行った。日本の戦後のプラスチック工業は塩ビ工業から始まったが、当初はプラスチック材料として日本窒素肥料(現チッソ)が戦時中に生産した塩ビポリマーしかなかった。1948年になって米国から塩ビフィルムのスクラップが輸入され、主としてゴム加工業者によってレインコート、ベルト、ハンドバックの生地や電線被覆などに加工されたが、1949年から1950年にかけて、三井化学、三菱化成工業、(現三菱化学)、鐘淵化学工業などで塩ビポリマーの本格的生産が始まった。 

 1949年、長浜ゴム工業(現三菱樹脂)は、ゴム用押出機を用いて軟質塩ビベルトの生産を開始したが、1951年にはウインザー(イギリス)の二軸押出機(RC65)を導入して品質と生産性を上げた。また手芸用のエンパイヤチューブも生産した。

 1951年には積水化学工業がウインザー(イギリス)の押出機を用いて塩ビパイプの生産を開始し、続いて1952年には長浜ゴム工業、横浜ゴム(現シーアイ化成)、東亜樹脂工業(現アロン化成)などでも塩ビパイプの生産が始まった。 

 1955年、積水化学工業は押出法(Tダイ法)による硬質塩ビ板の生産を、1959年には滝川化学(現タキロン)と長浜樹脂(現三菱樹脂)が押出法による硬質塩ビ波板の生産を開始した。 

 プラスチックスについては、戦前からのゴム用押出機の技術を基に1950年頃から押出成形による生産が開始された。 

 一方、押出機の面では、1958〜68年にかけて、日本の主な押出機メーカーは欧米諸国から競って押出機の製造に関する技術導入を行った。すなわち、池貝鉄工はウインザー(イギリス)から、三菱重工業はナショナルラバー(米国)から、日本製鋼所はクラウス・マッファイ(ドイツ)から、日立造船はライフェンホイザー(ドイツ)からなどである。 

 1950年代から1960年代においては、欧米で新たに開発されたプラスチック材料の押出技術が次々と開発された。すなわち、1950年の四フッ化エチレンの押出に始まり、1957年ポリカーボネートの押出、1958年ポリアセタールとポリプロピレンの押出、1964年ポリフェニレンオキシドの押出、1965年アイオノマーの押出、1966年変性ポリフェニレンオキシドの押出、1970年ポリブチレンテレフタレートの押出、1971年ポリアクリレート、ポリアミドイミドの押出などである。 

 そこで、1966年以降1970年にかけてわが国の化学メーカー、プラスチック加工メーカーは欧米から次のような加工技術を導入した。すなわち、異形押出、管状フィルム成形法、発泡複層押出、不織布・網状物成形法、多色押出板成形法、多層押出コーティング法、アクリル二軸延伸法、プラスチックネット製造法などである。 

 こうしてわが国においては、1960年代にほとんどの押出成形の基礎が出来上がった。もちろん1970年代も二軸延伸フィルムの成形技術、超高圧ホースの製造技術、多層チューブ押出技術、継手付硬質塩ビパイプの製造技術などの導入はあるが、日本の加工技術レベルの向上もあって、技術導入のピークは過ぎ去り、1970年代後半になると、中国、韓国、東南アジアなどの発展途上国だけでなく、欧米へも二軸延伸フィルム、塩ビパイプ、発泡ポリエチレンシート、包装用ストレッチフィルムなどの技術輸出が増加して来た。すなわち、1980年代にはわが国の押出成形技術はほぼ世界のトップレベルに達したと見てよい。 

 世界的に見ても、1980年代以降押出機の主力はスクリュー式であって、単軸から二軸(三軸)まで多様なスクリュー形式や二軸の組合せ方式が出現し、用途によって使い分けられている。また欧米においては、ワイセンベルグ効果を利用したもの、高圧プランジャー式のものなど種々のアイデアを生かした非スクリュー式押出機も開発されたが、極めて一部で利用されているのみである。 

 近年、コンピュータ技術、電子制御技術、センサ技術などの発展によって押出成形ラインの自動化、FA化(工場自動化)が進むと共に、ダイの設計、生産においてもCAD(コンピュータ支援設計)、CAM(コンピュータ支援生産)が取り入れられた。今後の押出成形工場はさらなる高能率、高精度、高品質生産に向かってFA化が進むと共に、生産情報と市場や販売戦略とも結びつくネットワークを構築するCIM(コンピュータ統合生産)へと進んで行くであろう。

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